あの時、一緒に飲めば良かった。

ちょっとした後悔が長く心に残る事がある。

数年前まで私はフリーターであり、大学院の学生だった。

40歳間近の男として、どこか心に惨めさを感じていた。

私は旅行が好きだった。

山奥の廃校を改築した宿舎によく宿泊していた。

秋には紅葉がきれいで、夜中にはよく熊の出る廃校だった。

現地のスタッフとも仲良くなった。

ある時、寝る準備を済ませて廊下を歩いていると、顔見知りの仲の良いスタッフが、歩いてきた。

気さくでよくしゃべる、スーツの着こなしの下手な、三十代の男性スタッフだ。

「黒野さん、良かったらこのあと、部屋で他の宿泊客と一緒に飲みませんか」と誘ってきた。

私は戸惑った。

なぜか気乗りがしなかった。

「申し訳ない、今日は疲れているので」と言って丁重にお断りした。

どことなく自分に自信が持てず、人と深い話をするのが嫌だったのだろう。

あれから、その宿舎は改築となり、当時のスタッフもどんどん去っていった。

私は大学院を卒業し、自営業で一人立った。

今なら堂々と、あの時の酒の席に行けるのに、と思う時がある。

経歴は人間にとって全てではない。

でも少なくとも男にとっては、職業と学歴は本当に重要なものなのだと痛感している。

人との交流を本当の意味で楽しむためには、自分に対する自信が必要なのだろう。